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京都で美容師をしている兄が
めでたく結婚するというので
両親を連れてしばらく京都に出かけていた。
青森から一度も出たことのないような
怖がりで気の弱い両親だから、
当然、新幹線に乗るのも生まれて初めてで、
何ヶ月も前からとにかくやたら緊張していて、
「駅のどこに弁当屋があるかわからないし、
弁当を買ってるうちに
新幹線が出てしまったら怖いから…
家から弁当を作って来たんだ。食うが?」
と、東京駅で合流してすぐに母親に
手作りのくちゃくちゃのおにぎりを差し出されて
いきなり胸がきゅうっと苦しくなった。
結局、合計で5日間を家族で過ごしたのだけれど、
父親はもう70歳だから歩くとすぐに疲れてしまうし、
母親も基本的に目が終始きょろきょろあるいは
きょとんとしていてずっと何かに緊張しているし、
世間知らずという言葉が
丁度なのかどうかわからないけれど、
そんな何も出来ない両親との京都旅行は、
本当に大変で、いちいち手がかかって、
デヴィ夫人に俗世間のあれこれを
一から説明するような途方もない旅だった。
それでも青森から外に家族全員で出たのは
生まれて初めての経験だったし、
あれこれ楽しそうに付き合ってくれたし、
いろいろ話せたし、いろいろ笑ったし、
食べたし、かけがえのない5日間だった。
歳をとると子供になるというのは本当で、
まさに毎日子供を連れている気持ちだった。
母親が、さっきコンビニまで行って
ちょっと買い物をして帰って来たんだよ、
あんなものもこんなものも売ってたんだよ、
とうれしそうに話すのを聞いたり、
そういうごく当たり前な出来事だけでも
変に涙が出そうになってしまって困った。
おそらく、両親にとって人生でいちばん多くの
「生まれて初めて」を経験した5日間だったと思う。
僕は15歳からひとりで暮らし始めてしまったので、
これまでの長い長い空白の家族の時間を
少し埋められたような気がしたのと同時に、
ほとんど一緒に過ごせなかった両親に対して
申し訳ないような、罪ほろぼしのような気持ちがした。
京都タワーに上って夜景を見たとき、
母親がぽつりと「この旅いちばんの感動だ」と言った。
訊くと、夜景というものを生で見ること自体が
40年ぶりのことなのだという。
きれいだぁ、きれいだぁ、目に焼き付けておこう。
絶対に忘れないように。いつでも思い出せるように。
と何度もつぶやきながら子供のような目で
いつまでも夜景を眺めている母親の横顔を、
絶対に忘れないように。と思って僕はずっと眺めた。
今日までにもっといろいろ見せてあげれば良かった、
と切なくなりながら。
普段は頑固で偏屈で口の悪い父親が別れ際、
不器用に「ありがとうな」と言ってくれた。
不意を突かれたので
「別に…」とエリカ様みたいな
冷たい返事をしてしまった。不器用は血筋だと思った。
それにしても。
お礼を言われたけれど、
本当にこんな旅で良かったのかしら。
親孝行って何だろう。
何をしても足りないような気がする。
出典: tumida